俺は昨年から、ひっそり続けている習慣がある。

大げさな話じゃない。

だけど、確実に“人生の楽しさ”がじわっと増える方法だ。

それが 「今年のベスト3を決める」 という習慣。

ジャンルはなんでもいい。

買い物でも、出来事でも、人でも、食べ物でも、音楽でも。

ルールはゆるい。

その年の終わりに「今年のベスト3を決める」ってだけ。

だけど、この小さな行為が、意外なほど自分の人生に深みをつくる。


なぜ「ベスト3」なのか

世の中では “ベストバイ” とか “買って良かったもの” が流行ってる。

もちろん悪くはない。

でも俺は、それらのランキングを見ても、正直そこまで参考にならない。

なぜって──

他人の生活と俺の生活は違うからだ。

どれだけ絶賛されていても、

「いや、それ俺の生活にはハマらないな」

っていうもののほうが多い。

商品レビューのための“戦略的アフィリエイト”も見えるし、

「買ってよかった」は“売るための言葉”でもある。

でも俺がやりたいのはそれじゃない。

俺が決めたいのは、

「俺の人生を動かした3つって何だった?」

という問いだ。

今年の何が一番良かったか、それに続く2位3位を決めるのは悩むことも多いがそれもまた面白い。


年の振り返りは、意外と“長い”

1年って短いようで、実際はけっこう長い。

1年前の自分って、軽く別人レベルで生き方が違ってたりする。

・誰と出会ったか

・どんな景色を見たか

・どんな感情を抱いたか

・何に腹が立って、何に救われたか

・どんなことを学んだか、成長したか

記憶って、放っておくとすぐ散らばる。

“今年のベスト3” は、散らばった記憶を

自分の手で拾い集める行為 だと思ってる。

そしてその3つには、

今の自分の価値観が全部映る。


「ベスト3」は未来の自分のためにある

ベスト3って、ただのランキングじゃない。

これは 未来の自分へのメッセージ なんだよ。

「俺はこの年、こんなことで笑って、こんなことで傷ついて、

こんなものに救われてたんだぞ」

っていう軌跡。

思い出は勝手に美化される。

逆に、勝手に消える。

だから〝自分の手で残す〟って行為が大事。

数年後、そのベスト3を見返すと、

今とは違う価値観の自分に出会える。


他人の“ベスト”ではなく、俺の“ベスト”

誰かのランキングに合わせる必要なんてない。

誰かが「これ最高!」と言っていても、

自分が良いと思えなきゃ意味がない。

ベスト3は、

「他人からの正解」じゃなくて「俺の正解」を拾い直す作業。

買い物じゃなくてもいい。

出来事でもいいし、食べ物でもいい。

「俺の人生はこういうもので満たされていた」という

“証拠” を作るだけでいい。


まとめ:やらなくていい

別に義務にしなくていいし、毎年やる必要もない。

むしろ無駄な作業だなと思うこともある。

でもこの無駄と思われる行動こそが人生の余白だ。

人生がちょっとだけ、味わい深くなる。

俺はそう確信してる。

そして今年もまた、

俺のベスト3を決めるのが少し楽しみだ。