どうもー、ふみやです。

人はよく、「あの時こうしていれば…」

「なんであんな失敗したんだろ…」

と、過去に悩まされる。

俺も例外じゃない。

寝る前なんか特に、反省会が始まってしまう。

でも、30歳を過ぎてあることに気づいたことがあるので

今日はそれをあなたに教えようと思う

■ 過去って、本当に“実在”してたのか?

実家に帰省したとき、ふと幼少期の話になった。

俺が鮮明に覚えていた出来事を話すと、

親は「そうだったかー?」と首をかしげる。

逆に、親が覚えているエピソードは、俺はまったく記憶にない。

その瞬間、強烈に思った。

「過去って、記憶の中にしか存在してないんじゃないか?」

つまり、こういうことだ。

  • 過去は“事実”ではなく
  • 俺が覚えている“物語”にすぎない

人は記憶を好きなように書き換えてしまう。

だったら──

過去なんて、いくらでも変えられる。

■ 別れも、失敗も、思い出として上書きできる

ひどい別れ方をした彼女も、

思い返せば「楽しかったな」と思えるし、

逆に全部“くそ思い出”に変えることもできる。

どちらが正しいというわけでもない。

ただ、記憶をどう扱うかは自分次第だ。

思いあまって「あの時はありがとう」なんて

つぶやいてしまったことさえある。

恥ずかしいけど、あれもひとつの“上書き”だ。

 

だから俺は思う。

過去に縛られない生き方のほうが、圧倒的に楽だ。

 

■ 今を過ぎれば、すべて過去になる

そもそも、今この瞬間だって、

数秒後にはもう過去になる。

じゃあ、その「過去」は本当に

“あったこと”として残るのか?

多分、ほとんどが残らない。

覚えていなければ存在しないのと同じだ。

失敗した時に反省するのは大事だ。

でも、それが終わったらもう 出がらし だ。

いつまでも反省に時間を使うのは、人生の無駄遣い。

誰も覚えてない話に、自分だけ取り残される必要なんてない。

 

ただ一つ例外がある、それは大事な人を失ったこと

この過去だけは忘れられないし、自分でも忘れない

■ 結論:過去も未来も、変えられる

俺がこの文章で一番伝えたいのはこれ。

過去も未来も、考え方ひとつでどうとでも変えられる。

お前の中の記憶でしかないのだから、むしろ改ざんしたっていいんだ

 

だからこそ、

今を全力で生きるべきだ。

今この瞬間の積み重ねだけが、

自分の物語を新しく上書きしていく。

そしてその物語の作者は、

他の誰でもなく“自分自身”だ。